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<title>精神科医 浜野ゆりのホリスティック日記</title>
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<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2010</copyright>
<lastBuildDate>Thu, 28 Jan 2010 10:39:55 +0900</lastBuildDate>
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<title>過去の”変え方”</title>
<description><![CDATA[<p>今回も勝間氏の連載記事から。<br />
本年1月9日付「過去はいくらでもよいものに変えられる」。</p>

<p>「これは、過去に起きた『出来事』そのものを変えることはできませんが、それがなんであれ、将来に生かせるように解釈することで、いくらでも『よいもの』に変えられるという意味です」と冒頭で述べ、勝間氏自身の2つの「失敗例」をあげて、そこからいかにその後の生活を改善するためのきっかけになったかを説明しています。</p>

<p><br />
例えば上述の例の一つは「ヒールの高い靴で急いで歩いていたら足首をグキッとひねってしまい、軽いねんざをしたが、それによって『過密スケジュールで過労のまま仕事を入れ続けていたので注意力散漫になっている』というメッセージだと解釈した。そこで十分な休養を取れるようなスケジュールに変更した」というものです。</p>

<p><br />
こうした見方は、より深刻な「出来事」、例えば「アルコール依存症の親に虐待されて育った」という場合でも、使い方は同じです。<br />
こうした親に育てられた子供はしばしば、「自分が悪いから暴力を振るわれるのだ。本心を押さえ、相手に合わせていれば、それでも愛してもらえる」という考え方を持つようになったり、癇癪や暴力で人をコントロールするという対人関係パターンの見本しかほとんどない環境で育ったために「父のような人とは絶対に結婚しない、優しい人を見つけて結婚するんだ」と決心するにも関わらず、結局は「しらふの時は優しいが、酔うと暴力」という、父親とそっくりなパターンの人と一緒になってしまうのです。</p>

<p><br />
たとえ本当に優しい、父親とは全く別タイプの人と知り合ったとしても「愛されているという実感がわかない、自分も恋愛感情がわかない」といった理由で遠ざけてしまいます。<br />
「本当の愛情関係・愛情表現とはどんなものか」という重要なテーマを学ぶには、非常に難しい環境だったからです。</p>

<p><br />
それでも、本人がこれではいけないと気づき、本格的な心理療法を受けて、より健康的な対人関係の持ち方を学び直すにつれ、自分や相手への見方が変わるため、やがて父親のようなタイプには惹かれなくなり、より健全な愛情関係を結べる人の良さがわかり、愛せるようになります。</p>

<p><br />
つまり、それだけ幼少時環境が悪かったのは事実ですが、これを「自分はなんて不運な生まれだったんだろう。自分ばかり、何でこんな余計な苦労をさせられたんだ」と、過去への恨みや怒りの段階で留まっていると、不公平感と絶望感ばかりが強まり、今日からいくらがんばったところで無駄だ、という気持ちになってしまいます。</p>

<p><br />
このような気持ちでいては自己評価は低いままで、そうすると知り合う人、引かれてくる人はその自己評価に見合った人たちばかりとなり「ほら、やはり私なんかと付き合おうとする人なんて、このレベル。私は不運…」と、マイナススパイラルが維持されてしまうのです。</p>

<p><br />
虐待する親のもとに生まれたというのは、確かに非常に大きな不利益です。<br />
しかし、心理療法を受け落ち着いてくるにつれ、「私が悪いから殴られたわけではなく、たまたま身近にいた私をストレス発散として殴っていた、親の身勝手によるものだった。私は悪くない。愛されるに値する人間だ」と実感をもって感じられるようになります。</p>

<p><br />
そして更に「確かにとても不利な家庭環境に生まれ育った。辛かった。でもおかげで今は、一見地味で目立たない夫の、安定した愛情の良さや、穏やかな信頼感で結ばれた家庭がいかに貴重で幸福なものかがわかる」「同じような環境で育った人たちからの相談に、実感をもってサポートしてあげられる」といった考え方をすることで、出来事への見方が変わり、その結果、悪影響から自分を解放できるのです。</p>

<p><br />
このあたりについてはまた、勝間氏の記事のまとめを持って結びたいと思います。<br />
「過去の出来事は常に自分に新しい学びをもたらしてくれると考えれば、私たちにとってその出来事がなんであれ、『よいもの』になります。<br />
そして、過去の積み重ねの先に未来がありますから、過去に対する考え方、気持ちを変えることで、未来もよいものに変わっていくのです」<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2010/01/post_181.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Thu, 28 Jan 2010 10:39:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>人生への考え方のコツ</title>
<description><![CDATA[<p>最近話題になっている、勝間和代氏と香山リカ氏の論戦。<br />
私自身は勝間氏の本は読んだことはないのですが（今までのところ、買うほどの興味は引かれていないので）、朝日新聞土曜版の連載「勝間和代の人生を変えるコトバ」は、目に留まると読んでいます。<br />
その中で最近何件か、「良いな」と感じる記事がありましたので、ご紹介します。</p>

<p><br />
昨年11月28日付「自分ばかり損をしていると思うな」。<br />
その要点は、「人は誰でも、一定の確率で幸運・不運を経験するが、そのことをどのように捉えるか（解釈するか）によって、日々のやりがいや楽しさの差になる」ということ。<br />
自分ばかり損をしていると思う人は、起きたことについてマイナス面ばかり注目してしまい、その結果自分の気分も悪くなるし、良い種が目の前にあるときにさえそれを見逃し、次の幸運へのきっかけを手に入れ難くなるのです。</p>

<p><br />
記事の冒頭で「この言葉は、読者の方からさまざまな人生相談を受ける中で、人生がうまくいく人となかなかうまくいかない人の差はここではないか、と気づいて言語化したものです」とあるように、実際の人生の舵取りに非常に重大なポイントなのです。</p>

<p><br />
以前「オーラの泉」で江原啓之氏が「人をうらやましいと思うなら、その人の苦労の部分も含めて成り代わりたいかを考えてみるように」と言っていましたが、全くその通りだと思います。<br />
「あの人はお金持ちだから（有名だから、社会的地位があるから、天職に就いているから、愛する家族との家庭があるから…e.t.c. ）、人生楽しそうでうらやましい」と多くの人に思われている人も、その半生をよく調べると、貧困、親など家庭環境が非常に悪い、大病を患ったり障害を負った、過酷な差別やいじめに遭った…等々の苦労をしてきた人が少なくありません。</p>

<p><br />
また「成功」したらしたで、誤解と嫉妬満載の人々にしょっちゅうバッシングを受けたり、その財産や地位を利用しようと近づいてくる人が増えたりなど、成功者ゆえの苦労があります。<br />
そうした諸々の背景を含めて引き受けられるか？と考えれば、大半の人はイエスとはいいかねるでしょう。そこまでの覚悟はないからです。</p>

<p><br />
人は基本的に、自分やせいぜい自分のごく身近な人が体験したことしか、わかりません。<br />
それは人間の知覚の限界として仕方ないことですが、もう一つ人間に与えられた「想像力」という素晴らしい能力をぜひ使って、他人の苦労や、逆に自分の生活の中の恵まれた点に気づくことにより、「良いことばかりの人生も、悪いことばかりの人生もないのだ」という真実を実感していただけたらと思います。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2010/01/post_175.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Sun, 10 Jan 2010 10:10:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『白い巨塔』ブックレビュー</title>
<description><![CDATA[<p>久しぶりの読書感想文です。<br />
ですます調よりもこちらの方が（言葉の流れとして）スムースに表現できそうなので、今回は下記のようにしました。<br />
----------------------------------------------------------------</p>

<p>何を今さらと思われるかもしれないが、『白い巨塔』を先日、読了した。<br />
これまで何度も映画化、テレビドラマ化された、あまりにも有名な作品。<br />
中には韓国俳優によるものまであったようで、大筋はいつのまにか耳にしていたものの観たことはなく、きちんと原作を読んだこともなかった。<br />
しかしふとしたきっかけで、表紙カバーが破れたような文庫古本を手にする機会があり、全5巻の真ん中、第3巻から「面白ければめっけもの」という、お試しの気持ちでページを繰り始めた。<br />
はまった。</p>

<p><br />
仕事柄、医療界がテーマであるゆえの興味はもちろんあるが、他にもいくつか、非常に惹かれる要素がある。<br />
細かいところからいうと、まずその文章。<br />
さすがにしっかりと、そしてきちんとした日本語。久しぶりに、言葉の旨味をかみしめるような文章であった。<br />
インターネット更には携帯が通信の大部分を占めるようになってきてから、文章が「軽く、短く、さわやか＆面白く」があたかもベストであるかのような風潮になってきて、エッセイや小説もそういうものが目立つなか、久々の「手堅く、重厚長大」な文章は痛快でさえあった。</p>

<p><br />
また、社会人になって20年以上も経つと、（古典・古文はともかくとして）普通に現代小説を読んでいる限り「これってどういう意味？」と国語辞典を調べに走ることはめっきり少なくなるが、今回は何箇所か気になる言葉や漢字遣いがあり（例えば「蒼惶として」など）、そんなちょっとした勉強の楽しみも感じられて、楽しかった。</p>

<p><br />
この小説で、「大名行列」と呼ばれる、大学病院での教授回診が一般に知られるようになったが、そうしたものを含む、大学病院の日常をリアルに描写したところを読んでいると、自分が卒後数年間、大学病院で勤務していた頃のことを思い出す。</p>

<p><br />
卒後1年目の研修医時代、内科で（もちろん先輩医師と共に）ある患者さんを受け持っていた時期の、ある教授回診のときである。<br />
その患者さんは個室に入院しており、小康状態でベッド上でテレビを見ていた。<br />
教授が入室すると、すぐ後ろに付き従っていた先輩（受け持ち医ではない）2人が、先回りしてベッドサイドにダッシュし、ものも言わずにいきなりテレビを切ってしまったのである。</p>

<p><br />
ベッドサイドでは、患者の担当医がカルテやレントゲン等を手元に出してすぐ教授に報告できるよう、担当患者の部屋が近づくと主治医は「行列」の前方へ出て、教授のすぐ後ろに控えるようにしている。<br />
そして順番が来るまでには患者を仰向けに寝かせ、病衣（ガウン）の前をはだけさせて教授が直ちに診察できるようにする（もちろん病状により、座位などの体勢にすることもある）。<br />
いずれにしろ多くの場合、医師は患者さん本人よりも教授の意向を気にしており、そんな風潮はおそらくまだかなり残っていることだろう。<br />
そうしないと、自分の身の安全が危うくなるからである。</p>

<p><br />
たとえば外科の某先輩は、ある部位のがんを専門としていた。<br />
当時彼は40歳前であったが、その部位のがんについて、従来の広範囲の切除法でなく、部分切除をしましょうと、何度も教授に進言していた。<br />
欧米など医療先進国で既に10年単位の研究が続けられてきて、部分切除の方が患者の負担が少なく、かつ予後も再発率が高まることはなく、広範囲術式と同程度あることがはっきりしてきたからで、既に部分切除方式が国際的な新たな「標準」術式になってきていたからである。<br />
ところが当時定年近い年齢の教授は全く聞く耳持たず、その先輩が何度も主張すると、仕事を干され、ついには医局を追われるも同然の扱いを受けることになったのだった。</p>

<p><br />
また、更に遡ること約1年、学生時代の臨床実習で産婦人科を回っていたときにも驚くことがあった。<br />
臨床実習では、学生5-6人ごとに班が決められ、順に各科の見学をする。<br />
そこで外来や病棟での診察のようすを見せてもらったり、会議室などで小講義を受ける。<br />
当時は卒業前に自分の専門科を決める制度であったから、この学生時代最後に行なわれる病院での実習は、実際の各科の様子を肌で感じることのできる、非常に貴重な機会であった。</p>

<p><br />
さて産婦人科実習のとき、がんの検査のために、ある患者さんが経膣超音波検査を受けるために検査室に入り、私たち学生グループも同行した。5人のうち、私以外は全員男子学生であったが、この日は他の患者につく者もおり、検査室に入ったのは私を含めた3人ほどであった。</p>

<p><br />
今回の検査は、患者を婦人科用の内診台に横たわらせ、筒状のプローブ（超音波発信器）を膣に挿入し、子宮や近辺の臓器の異常がないかを調べるものである。<br />
腹部の表面から調べるよりも、より細かく検査できるという利点がある。</p>

<p><br />
部屋には超音波検査機を囲んで2人ほどの男性医師が検査とその読影のためにいた。<br />
私たち学生も加わり、ただでさえギャラリーが多くなって落ち着かない環境であったが、その他にも問題な点があった。<br />
こうこうと照らさせたその部屋の中で、患者さんが脱衣する場所には1枚のついたてがかろうじてあるものの、側面からの視界をさえぎるものがない。部屋は狭いので、そこにも男性が立っている。<br />
まるでドアの外れたトイレで用を済ませなくてはならないときのような恥ずかしさを感じる状況だ。<br />
たまらなくなり、そばにあったバスタオルを見つけてそれを縦に広げ、患者さんが脱衣するのを外からも私自身からも見えないようにした。</p>

<p><br />
それでも、脱衣してからも機械のある所までは2mほどあり、もしバスタオルがなければ下半身をさらしたまま、医師や学生たちの前を通ってそこまで歩いていく形になる。<br />
そんな屈辱的な状況なのに、他の医師たちは何も問題に気づいていないらしく、患者さんがうつむきながら検査台に到着すると、何事もなかったように検査を始めたのだった。<br />
あの検査室は、さすがに今はもっと改善されているだろうか？<br />
そうであることを祈るばかりである。</p>

<p><br />
さて小説の内容に戻ると、主人公は胃がん特に噴門がんが専門で、手術、治療、そして大きなテーマの1つである医療裁判の内容が詳しく描写されるが、その大部分は、昭和40年前後発表の作品なのにほとんど古さを感じさせない。<br />
もちろん私は外科医ではないので、外科専門の人から見れば「現代はここが違う」などの差異はわかるのだろうが、少なくとも一般的な描写、用語、説明は実に正確だ。</p>

<p><br />
それゆえになおのこと、当時との大きな変化――がん患者への告知が「なされないのが普通で、それが患者への配慮である」という「常識」が繰り返し出てくることでは、時代を感じさせる。</p>

<p><br />
そしてこの作品を貫いている最大といって良いであろうテーマは、人間の「聖と邪」、これが一人の中で同居すること、そして何かをきっかけにどうしようもなく「邪」が肥大しながらも、一縷の「聖」が最後まで残っている希望…そうした人間の性をこれでもかとばかりに濃厚に描写している点だろう。</p>

<p><br />
主人公は「悪人」だが、彼なりの苦悩の歴史、決意、母親や子供たちへの愛情もまたあり、そして自分の否は決して認めないながら、どこかで残る罪悪感ゆえの動揺や不安感も克明に描写される。<br />
それに比べると、現代の「悪人」像は、変わってきている。むろん全てではないが、被害者に自分が与えている苦悩への実感のなさ、つまり共感性の希薄さが目立ち、それは実際の殺人事件などの犯人にも散見されるようになった。</p>

<p>もちろん主人公の悪行は決して認められるものではないが、自分が行なったことへの後悔や不安、相手への怒り等々…といった、なまなましく複雑な心の動きに、人間らしいリアルな存在感を感じたのだった。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/10/post_172.html</link>
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<category>生活</category>
<pubDate>Mon, 26 Oct 2009 14:53:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>（2）強迫性障害の自己治療のために</title>
<description><![CDATA[<p>『実体験に基づく強迫性障害克服の鉄則35』（田村浩二、文芸社）</p>

<p><br />
今回の本は、強迫性障害を克服した本人による、症状を自己コントロールし乗り切るための考え方、行動の仕方をまとめたものです。<br />
体験者ならではの、リアルな雰囲気が伝わってきます。<br />
本書に述べられている35の項目のうちの、一部を挙げてみましょう。</p>

<p><br />
(1)今やろうとしていることが、強迫行為かどうか、少しでも迷ったら、それは強迫行為である。</p>

<p>→強迫性障害の人は確認等の行為をする際「ちょっと神経質過ぎるかな？でもこのくらいの確認は普通の人でもやるよね…」などと考えながら、ついいつもの行為をしてしますが、それは強迫行為です。</p>

<p><br />
(3)強迫行為を行なわなかった時の不快感にだまされてはいけない。不快感は、時間とともに薄れる。</p>

<p>→暴露反応妨害法では、それを実感することで治療を進めていきます。</p>

<p><br />
(4)強迫行為を続けている限りは、強迫性障害は治らない。</p>

<p><br />
(6)どんなに気になっても、後戻りして現場検証してはいけない。</p>

<p><br />
(8)考えてはいけない。頭の中であれこれ考えたり、回想しないこと。（後略）</p>

<p>→これをメンタルチェッキングと言い、「あの場面で、問題となることは起こらなかったはず」と記憶をたどって確認したり、強迫観念を打ち消すための呪文やイメージを思い浮かべたりすることです。<br />
これらは外面には現れなくても心の中での「強迫行為」であり、（4）にあるように、強迫行為をしている限り、症状は改善しません。</p>

<p><br />
(24)何が何でも無菌室を保とうとしてはいけない。</p>

<p>→「清潔な・安全な、特別の場所」を残すと、そこから次第にまた、強迫症状が再発します。<br />
強迫性障害を克服した姿というのは、どこであろうと適度にいい加減な態度で過ごせることであり、例外を残すとそこからまたほころびが始まり、広がっていきます。</p>

<p><br />
なお、「強迫観念」と「強迫行為」の違いや、治療は「強迫行為」をターゲットとすることで進むことなどは、前回の記事でご紹介した本にわかりやくまとめられています。</p>

<p><br />
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=yulisroom-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4835527712&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/10/2_7.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Sat, 10 Oct 2009 07:17:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>強迫性障害の自己治療のために</title>
<description><![CDATA[<p>強迫性障害（強迫神経症）がマスコミで取り上げられることが増えたからか、以前よりも一般の精神科外来で強迫症状を主訴に受診する人が増えてきた印象があります。<br />
つまり、それまで病気だということを知らず「自分の変な性格、癖だ」と思っていた人たちが、「病気による症状であり、治せるかもしれない」と気づき、来院するのです。</p>

<p><br />
強迫性障害の治療法としては、精神分析的精神療法や認知行動療法の他、暴露反応妨害法という行動療法があります。</p>

<p><br />
しかし残念なことに、日本では強迫性障害に対するこうした治療法を積極的に行なっている精神科医やカウンセラーは少ないようです。<br />
下記にご紹介する朝倉氏が別の本で述べているところによると、強迫症状を呈している患者さんの治療状況を調べたところ、「薬物療法のみ」が49％、「治療を受けていないが」34％で、「行動療法」はわずか3％だったそうです（他の治療法では「精神分析」6％、「森田療法」2％）。</p>

<p><br />
『強迫性障害の治療ガイド』（飯倉康郎、二瓶社）は、九州の肥前精神医療センターで20年以上前からこの暴露反応妨害法を実施し多くの患者さんに効果を挙げた著者による、この行動療法を実施する際の患者さんへのワークブックです。<br />
そこには</p>

<p>・強迫性障害とは何か<br />
・どのくらいの人がかかるのか<br />
・治すにはどうすれば良いか<br />
・治療中の患者さんが陥りやすい考え（「この治療は自分に合わない」「これだけはしたくありません」「もうこれくらいで十分」など）</p>

<p>などが多数の図表を用いて説明されており、行動療法の骨子もまとめてあります。<br />
従って、その内容を理解し「自分でもやってみよう」と思ったならば、ある程度の割合の人には「自己治療ガイド」として役立ち、実際に症状の改善を得られる可能性があります。</p>

<p><br />
ただ、症状が進行・固定化してしまった人の場合には、治療という「変化」を自分の生活に取り入れるのが怖すぎて、一人では実行できないでしょうから、その場合には強迫性障害の治療に慣れた精神科医や心理療法士などの専門家の援助が必要となるでしょう。</p>

<p><br />
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=yulisroom-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4931199674&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/10/1_1.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Tue, 06 Oct 2009 06:13:29 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「身体の声」を聞いてあげてますか？</title>
<description><![CDATA[<p>同名の記事を<a href="http://hypnosis-life.jugem.jp/">催眠療法ブログ</a>の方にアップしましたので、よろしかったらご参照ください。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/09/post_171.html</link>
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<category>仕事（特に代替療法など）</category>
<pubDate>Wed, 30 Sep 2009 06:39:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>自己催眠の勧め</title>
<description><![CDATA[<p>私のもう一つの<a href="http://hypnosis-life.jugem.jp/">催眠療法ブログ</a>にて「催眠療法から自己催眠へ」という記事をアップしました。<br />
セルフケア法としての催眠（瞑想）の意味と活用法について述べていますので、関心のある方はご参照ください。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/09/post_168.html</link>
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<category>仕事（特に代替療法など）</category>
<pubDate>Sun, 27 Sep 2009 17:03:09 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>（2）思考の暴走に振り回されないために</title>
<description><![CDATA[<p>「思考の反すう（同じことを繰り返し考えてしまうこと）」を止めるための工夫を他にも幾つか、ご紹介しましょう。</p>

<p><br />
<strong>1.メモっておき、特定の日時まで考えるのを保留</strong></p>

<p>繰り返し考えてしまう理由の一つが、「この大事なことを忘れては大変」と思い、繰り返し思い起こしすというものなので、この「気になる内容」を手帳などに書き留めましょう。<br />
書き付けたら、それ以上更にそのことについて考え続けるのは止め、次に手帳を見る時間を決めてからそれを閉じ、目の前の勉強、仕事、その他の作業に集中しましょう。</p>

<p><br />
<strong>2.手首に輪ゴムを通し、思考が止まらなくなったらそれを引っ張ってバチッと手首に跳ね返らせる</strong><br />
瞬間的な痛み刺激でハッとわれに返り、思考の反すうを中断できるからです。<br />
極端だと思いますか？<br />
でもこれは『オプティミストはなぜ成功するか』（<a href="http://www.yulisroom.jp/archives/2008/12/1.html">お勧め本棚</a>参照）に載っている実例です。<br />
これほどまでに、人間は「思考の反すう」にはまりやすく、脱出には工夫が必要なのです。</p>

<p><br />
<strong>3.運動への集中</strong><br />
運動はいわゆるスポーツと呼ばれるもの、ストレッチや体操、ヨーガ、その他何でもかまいません。<br />
要は運動という作業を通じて「その瞬間瞬間の身体の感覚に意識を集中する」ということであり、その点でいえば、身体に何かの障害があって布団からなかなか出られない人でも可能です。</p>

<p><br />
例えば片腕をゆっくり布団から上げる、下げるという動きに伴なう微妙な筋肉の感覚の変化、痛みやしびれなど全ての感覚をモニターします。<br />
究極的には、全く身体を動かさなくたって、全身の皮膚や筋肉の感覚をたどることができ、それにちゃんと集中するならば、これも立派な「作業」なのです。<br />
上記の詳細や、これまで数千人に対して実際にアメリカの医学センターで行なわれ、大きな効果を上げてきた内容は『マインドフルネスストレス低減法』（お勧め本棚）に述べられています。</p>

<p><br />
<strong>4.日常的な作業動作への集中</strong></p>

<p>毎日必ず行なう、1回あたりは短時間の作業に、集中してみましょう。<br />
例えば手洗い、洗面など、十数秒～1,2分以内くらいのものです。<br />
普段いかに、こんな短時間でもその作業に集中することなく、過去や将来についてあれこれ考え続けているかに気づくことでしょう。</p>

<p><br />
<strong>5.ひたすら繰り返し練習する！</strong></p>

<p>目の前のことから意識は必ず逸れますから、そうしたらできるだけ早くまた目の前の作業に戻します。<br />
100回逸れたら、100回戻します。<br />
100万回逸れたら、100万回戻します。<br />
そうしていると、次第に集中していられる頻度や時間の長さが増えてきます。<br />
王道はありません。<br />
スポーツと同じで、毎日の地道な繰り返し練習で上達し、確実な成果が得られるのです。</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/09/2_6.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Fri, 11 Sep 2009 06:42:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>思考の暴走に振り回されないために</title>
<description><![CDATA[<p>あれは高校生の頃、確か犬養道子氏のエッセイだったと思うのですが、その中に<br />
「心配ごとがあっても、今目の前のことに集中するために、心配事を一時しまっておく『冷蔵庫』を心の中に作ろう」<br />
という文章があって「なるほど～！」と感銘を受けたことがあります。</p>

<p><br />
これまでも何度か述べてきたように、人を不安や憂うつにするのは、目の前のリアルタイムな生活から意識が離れ、過去への後悔や将来への不安を繰り返し考えてしまう「思考の反すう」をしてしまうことから大部分発生しています。<br />
このため何百年、いやそれ以前から多くの賢人たちが、何とか目の前のこの瞬間に意識を留めるための工夫や訓練法を開発し継承してきました。</p>

<p><br />
その代表的な手法の一つが「たとえ数分間でも呼吸にだけ意識を集中してみる」で、呼吸の代わりにロウソクの炎をじっと見つめてその映像に集中するというのもあります。<br />
また現在に集中するためのバリエーションの1つとして、前述のように「心配事を一時しまっておいて、後で考える」という形もあります。<br />
本当はいっそ全く考えない方が生産的なのですが（具体的な対策がないことを考えるのは単なる時間とエネルギーの無駄使い）、それでもつい考えてしまう場合はせめてその頻度を減らすための工夫、というわけです。</p>

<p><br />
冒頭の文章で冷蔵庫が使われているのは、蓋が密閉性であるのと、「中身を冷やし固める、勝手に動き出さないようにする」という感じを想像しやすくするためと思われます。<br />
犬養氏以外にも似た対策を書いているものはいくつもあり、冷蔵庫の変わりに蓋の重い頑丈なトランクをイメージしたり、考えるのも例えば「夕食後1時間だけ」と決めてそれ以外は蓋をロックしておく、など様々なパターンがあります。<br />
自分に一番フィットするイメージを選ぶと良いでしょう。</p>

<p><br />
誘導瞑想のCDなどを聞いていても、過去の記憶や将来への心配事その他…いわゆる雑念にとらわれてしまうと瞑想に集中できません。<br />
でも心の常としてこうした思考の反すうは必ず出てくるので、それを織り込み済みの上で、それに入り込んでしまうのではなく上手にやり過ごせる時間を少しずつでも増やすことが、心の安定のために必須の練習となるのです。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/08/post_167.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Wed, 19 Aug 2009 07:05:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>（4）考え方で自分を追い込む人</title>
<description><![CDATA[<p>2.正しいスキル（技術）を毎日練習し続ける（実習）</p>

<p><br />
よく、不安や落ち込みが強まったという患者さんに「その時何を考えていましたか？」と訊くと、一瞬考えた後「いや、特に何も考えていませんでした。特別なできごともなかったし」という答えになることが少なくありません。<br />
しかし「何も考えていなかった」「ボーッとしていた」という場合のほとんどは、実際にはあれこれ際限なく様々なことを考えています。<br />
しかも、その自覚がないことがほとんど。<br />
それが人間というもので、ちょっとした出来事やふとしたきっかけで考えの連想は際限なくあちこち飛び、その結果数分前にはそもそも何を考え始めていたのかも忘却してしまいます。</p>

<p><br />
上記のように落ち込みや不安が強まった際に考えていたことも、実際にその前後数日の出来事、行動、他の人とのやりとりなどを具体的に追っていくことで「そういえば、あのときこんなことがあって…」と、ネガティブ思考に入ってしまったきっかけが特定できることが多いのです。</p>

<p><br />
人は自分の特定の考えを除去することはできません。<br />
無理やり押さえ込んでもその考えや、考えに伴なう感情（多くは不安、憂うつ、怒り）は一時的に表面から目立たなくなっただけで存在はしていますから、ふとしたきっかけでまた表面化します。</p>

<p><br />
しかし心の特性として</p>

<p><br />
（1）より納得できる考え方に出会えれば、以前の思考は置き換わる</p>

<p>（2）その思考や感情を敵視して取り除こうとするのではなく、その存在を認めた上で上手く折り合う</p>

<p><br />
のどちらかは可能であり、（1）は認知療法で、（2）はマインドフルネス認知療法（MBCT）で会得できます。</p>

<p><br />
そしてここから先の「実習」は、それぞれの治療法の中で練習し身につけていってもらうしかないものです。<br />
残念ながら日本では認知療法もMBCTも、きちんとできるセラピストがほとんどいないので、これらを身につけたい方はまず書籍で学び、自分なりに日々実践していってもらうしかありません。</p>

<p><br />
「お勧め本棚」の書籍を参考にしていただければと思います。<br />
ちなみに認知療法については「精神医学・心理学」、MBCTについては「代替療法」のカテゴリーにありますが、MBCTは邦訳本がまだありません。<br />
最も近いエッセンスと実践法を伝えているのが『なまけ者の3分間瞑想法』なので、まずこちらから学びはじめることをお勧めします。</p>

<p><br />
瞑想は決して特殊な体験ではなく、人間の心に本来備わっている意識状態であること、それを日々の普通の生活に無理なく取り入れられること、それによって特別な道具も場所も選ばずに非常に有効なストレス解消法になること、そのような能力を人は誰でも持っていることが、よくわかる一冊です。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/07/3_3.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Mon, 20 Jul 2009 20:46:29 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>（3）考え方で自分を追い込む人</title>
<description><![CDATA[<p>「現在にとどまる」ことができるようになるためには、そのための新しいノウハウを身に付ける必要がありますが、それには次の2点が必須となります。</p>

<p><br />
1.正しい知識を勉強する<br />
2.正しいスキル（技術）を毎日練習し続ける（実習）</p>

<p><br />
まず1.についてです。<br />
私たちはなぜ、過去の嫌なことや将来の心配事について、繰り返し考えてしまうのでしょうか？<br />
しかも、そうした「考えること」がこれまで何の解決にもつながっておらず、逆に考えれば考えるほど落ち込み・疲労・不安感等がひどくなるだけだということを体験的にわかっているはずなのに、なぜまた考えてしまうのでしょうか？</p>

<p><br />
「マインドフルネス認知療法」という新たな、そして大変効果のあるうつ病用の心理療法を開発したオックスフォード大学のマーク・ウイリアムスらは、その理由を、人類の進化過程で身につけた危機対応反応の影響として説明しています。<br />
具体的には、以下の通りです。</p>

<p><br />
もともと野生の世界で暮らしていた人間は、身体に迫る危機、例えば肉食動物が近づいて来たと察知すると、その現状（危険状態）から望ましい状態（安全な状態）に変化させるために全身に「非常事態警報」を鳴り響かせ、解決策を必死で考え、行動に移します。<br />
この例の場合だと、危機の原因を肉食動物の接近と認識→どのようにしたら逃れられるかを判断します。<br />
そしてアドレナリンを多量に分泌して血圧と脈拍、呼吸数を上げ、「逃げる」か「戦う」ことに備えます。<br />
神経が興奮しているので逃げるにしろ戦うにしろ、普段だったら無理な距離も走ったり飛んだりしますし、怪我をしてもその痛みや出血におかまいなしに行動を続けられるように身体がセットされています。<br />
そして無事、敵から逃げおおせたり敵を倒せたら「非常事態警報」は解除され、平常の生活がまた始まります。</p>

<p><br />
このように「危険の原因を特定する」→「非常事態モードで対処する」→「危機が去ったので平常モードに戻る」という反応は、これまでの長い人類の歴史でとても有効に作用してきました。<br />
野生に住む生活では、危機は「外側」からやってくるものであり、かつあくまでも「一時的、短期」のものだったからです。</p>

<p><br />
しかし、現代人を悩ませる「危機」の多くは、自分の心、つまり「内側」からやってくるものです。<strong>（※）</strong><br />
特に「過去の嫌な出来事」「将来の心配事」は、それを考えている限り永遠に続く「慢性ストレス」であり、われわれの祖先が外界への適応習慣として身に付けた上記のような「非常事態警報」は何の役にも経ちません。<br />
しかし過去の適応習慣の余波として残っている「不快や不安を感じたらその原因を探し出し、対処し、除去しなくてはならない」という条件反射が残っているため、私たちは、解決策が見つけられない心理的問題に対しても、つい「原因探し」にきりなくふけってしまうのです。<br />
これを「思考の反芻<strong>（※2）</strong> 」といいますが、この反芻を続けているとますます不安、落ち込み、怒りなどが強まり精神状態を悪化させます。</p>

<p><br />
自分の「内面」から生じた「慢性（長時間にわたる）」ストレスに対しての正しい、つまり合理的な対処法とは、そうした過去や将来へのネガティブな思考や感情についてそれ以上考えるのを止め、目の前のするべきことに集中することです。</p>

<p><br />
これが、今回の記事の冒頭に書いた、正しい対処法の知識です。<br />
しかしもちろん、祖先の頃から身についてきた習慣は、そう簡単には変えられません。<br />
正しい対処法を新たな自分の習慣にするためには、毎日の実践、実習が必要になります。<br />
それはちょうど、新たにスポーツを学ぼうとするときには、テキストや授業で理論を学んだだけでは不十分で、毎日毎日「姿勢作り」「素振り」「走りこみ」などで、そのスポーツをこなすための感覚を身体で覚えなければならないのと同じです。</p>

<p><br />
<strong>（※）</strong> 「嫌な出来事」は確かに外界で起こりますが、実際にそれをどのくらい強いストレスとして感じるかは、その出来事に愛する本人の「意味づけ（解釈）」によって決まります。<br />
これはうつ病に高い有効性が証明されている「認知療法」という心理療法の大前提です。<br />
「認知療法」について更に詳しく学びたい方は、問うブログ「お勧め本棚」をご参照ください。</p>

<p><br />
<strong>（※）</strong>反芻（はんすう）：草食動物が、いったん食べた餌を胃から口の中に戻し、再度噛み直すこと。植物は繊維が多くすぐには消化できないため草食動物は何段階もの消化機構を持つが、口の中での反芻もその一つである。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/07/3_2.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Sun, 12 Jul 2009 23:03:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>（2）考え方で自分を追い込む人</title>
<description><![CDATA[<p>前回の続きです。</p>

<p><br />
自動思考は今後も様々な例で述べようと思いますので、今回はこの患者さんの「現在に生きていない」考え方についてご紹介します。</p>

<p><br />
Xさんは職場がストレス源だったわけですが、何とか一日を終えて帰宅しても、ストレスがほとんど減りません。<br />
なぜなら、体は自宅にいても「今日（あるいはそれ以前）あった嫌なこと」と「明日以降に起こり得る心配事」について繰り返し考えてしまい、せっかく食事を摂ってもお風呂に入っても、全て上の空でくつろげないのです。</p>

<p><br />
彼の場合にはその上、時計を見ては「出勤まであと○時間」と逆算し、ドキドキしながら時間を過ごしていました。<br />
これでは「現在」は出勤までの間の「残り物」の時間に過ぎなくなってしまい、「現在」そのものを独立したひとときとして経験することができなくなってしまいます。<br />
この結果、彼は夜もなかなか眠れなくなり、睡眠不足からくる疲労感と憂うつ感・不安感で、ますます事態を悪化させていました。<br />
本来なら心身を休め、楽しみや喜びも体験できるはずの時間と空間を、わざわざ自分で針のむしろに変えてしまっているといえます。</p>

<p><br />
しかしもちろん、Xさんは何とか自分の状態を良くしたいと思っておられたし、嫌なことを繰り返し考えてしまうのも、「考えずにはおれない」切迫感を感じていたからです。<br />
何とか事態を打開したい――そのためには解決法を見つけなければ、という気持ちから、人はつい堂々巡りでも考え続けてしまうのですが、ことメンタルなことに関しては、実際には「問題解決志向」は無効なばかりか、精神状態をより悪化させてしまうことが、ここ数十年の研究でわかってきています。</p>

<p><br />
それでは、どうすれば「繰り返し考えてしまうこと」から脱却し、「現在に生きる」ことができるのでしょうか？<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/07/2_3.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Sat, 04 Jul 2009 07:33:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>考え方で自分を追い込む人</title>
<description><![CDATA[<p>一時は「夢の新薬」ともてはやされ、アメリカに次いで日本でも第一選択薬として処方されるようになった抗うつ薬、SSRI。<br />
最近は自傷（自殺を含む）や他害（他人を傷つける）の危険性があることが知られ始めたこと、また医療費を抑える目的もあり、再び「認知療法（CT）」や「認知行動療法（CBT）」がテレビなどで取り上げられることが増え、書籍やDVDなどの自習用教材も以前より急速に出版点数が増加してきた印象です。</p>

<p><br />
CTのエッセンスを一言でいうならば「人が感じるストレスの度合いは、出来事そのものではなく、その出来事を本人がどういう意味づけ（解釈）をするかで決まる」というものであり、それゆえ自分がいつの間にか身につけた、気分が暗くなるような解釈の習慣（これを「自動思考」といいます）に気づき、これをより合理的・中立的な解釈に修正していくことが要点となります。</p>

<p><br />
また、長引く強い不安やうつに見舞われやすい人、そしてそこから脱出困難な人たちはほぼ例外なく「現在に生きていない」、すなわち過去への後悔と将来への不安のことばかり毎日何十回も考え込んでしまう、という心の習慣があります。</p>

<p><br />
以前私が担当したある患者さん（Xさんとします）は、職場のストレスからうつと不安が強まり、入院することになりました。<br />
話を聞いていく中で、私は彼のいくつかの自動思考と、「現在に生きていない」考え方の両方に気づきました。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/06/post_142.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Thu, 11 Jun 2009 06:34:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>メンタルヘルスの福祉サービスについて</title>
<description><![CDATA[<p>24日付の朝日新聞に、精神疾患の闘病中に受けられるサービスをまとめた小冊子の入手法について載っていました。<br />
精神科領域は、治療期間が長くかかることも多く、この間に少しでも経済的支援が受けられるのは生活上の圧迫を減らすために大切なことです。<br />
ご興味のある方は、以下に記事をアップしましたのでご参照ください。<br />
5月15日までは無償配布してくれるそうです。</p>

<p><br />
<img alt="090424_3.jpg" src="http://www.yulisroom.jp/archives/images/090424_3.jpg" width="466" height="600" /><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/04/post_165.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Mon, 27 Apr 2009 21:39:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夢を見る＝眠りが浅い？？</title>
<description><![CDATA[<p>クリニックの外来でよく患者さんが、「このごろ、よく夢を見るんです。だから眠りが良くない、浅いんだと思います」という話をされます。</p>

<p><br />
特に「もともと自分はあまり夢を見ない」と思っている人に多く、「良質な眠りとはぐっすり熟睡するもので、従って夢などみないもの」という基準がそこにはあります。</p>

<p><br />
しかし実際には、人間誰でも夢を見ています。<br />
それも毎晩、一晩に3-5回は見ていることが、睡眠研究からわかっています。<br />
ではなぜ「見ない」と思っている人がいるかというと、本人が忘れているのです。</p>

<p><br />
人の脳波はおよそ90分サイクルで波長が変わり、波長がゆっくり（振動数が低い）時にはいわゆる深い眠りで、脳がしっかり休んでいる熟睡状態です。<br />
このときには確かに、夢は見ません。</p>

<p><br />
その後次第に波長が速く（振動数が高く）なり、この時に脳波と並んで眼球の動きが活発に観察されます。<br />
この時期を急速眼球運動（Rapid Eye Movement = REM）期と呼び、この時に夢を見ています。</p>

<p><br />
昔、あるテレビ番組で、「自分は夢を見ない」という人たち数人に終夜脳波測定器を装着し、REM期になる度に被験者を起こして夢の内容を話してもらう、というのがありましたが、普段夢を見ないという人も、直前まで見ていた夢はすらすらと報告することができていました。</p>

<p><br />
確かにREM期には脳波上、睡眠が「浅い」ことになりますが、この間は逆に体は深くリラックスして休んでいますし、脳にとっても夢を見ることは何らかの情報整理機能として必要である事が示唆されています。</p>

<p><br />
実際、統合失調症やアルコール依存症等において、幻覚妄想が強く出ている時期には睡眠ではREM期が乏しく、睡眠中の夢は非常に減っていることがわかっています。<br />
逆にいうと、夢を見る機能が損なわれると脳はそれを覚醒状態でも投影してしまうということもでき、そうした事態を防ぐためにも夢を見るのは必要なことなのです。</p>

<p><br />
では、なぜ普段「自分は夢を見ない」と思っている人が夢を覚えているようになるかというと、何かのきっかけで従来より自分の内面に注意が向くようになるからと考えられます。<br />
そしてそのきっかけが、生活上のストレスフルな出来事やそれにまつわる心配事であることが多く、このため</p>

<p><br />
心配事が増えて、あれこれ考え込むことが増える＝自分の内面に意識が向きやすくなる→夢をみたことを覚えていることが増える、しかも心配事をしている時期なので不安な内容の夢が多い→夢を見るのは睡眠が悪くなったからだ</p>

<p><br />
という考えに至ります。</p>

<p><br />
しかし実際には、「嫌な内容の」夢は不快なものの、夢を見ること自体は脳が従来からやってきたことであり、問題はありません。</p>

<p>解消すべきは「夢を見ること」ではなく、内容が嫌なものにならないよう、覚醒している時から不安に対して、より上手に対処できるようになることです。<br />
これには一般向けの心理療法の本を読んだり、カウンセリングを受けるなどして自分の考え方をより合理的で余計なプレッシャーを感じずに済むようなものに改善していくことが大切になります。</p>

<p><br />
ところで、ここで2点ほど、補足があります。</p>

<p><br />
【栄養不良と悪夢】</p>

<p>栄養、特にビタミンB群が非常に欠乏すると、寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなったり、悪夢をしばしば見るといった症状が出ることが珍しくありません。<br />
子供の場合には悪夢から夜鳴き、夜驚症（夜中に泣き叫ぶなど不穏になる）といった形で出ることが多いです。<br />
こうした場合には、食生活を含めて栄養の摂取状況を見直す必要があります。</p>

<p><br />
【「金縛り」との関係】</p>

<p>上述のようにREM睡眠期には、頭は比較的浅い眠り、体は深い眠りにあるため、何かのきっかけで更に頭の眠りが浅く覚醒に近くなると、「ふと目が覚めたら、体が異常に重く、動けない。金縛りだ！何かが乗り移ってきた！」と感じる人も多いようです。<br />
しかし実際には自分の体の自律神経の作用で体が動きにくいので、心配する必要はありません。<br />
またこうした時には、覚醒したような自覚でも微妙に意識もまだ眠りとの境界にあり、いわゆる「寝ぼけ」の意識状態なので、幻聴・幻視・幻触（実際にはない触覚、例えば何かが上にのしかかってきた、など）を感じることも珍しくありません。<br />
こうした際には慌てず、眠気に任せて再度寝てしまうのが一番楽です。</p>

<p><br />
また、一旦ストレスが解消して、また夢を忘れるようになっても、再度ストレスがかかると、結構その人特有の悪夢のパターンが出てきます。<br />
ですからこれを自分の「ストレスサインの夢」とわかるようになると、頭では「大したストレスではない」と思っていても心身はかなり消耗しているのだな、と認識できるようになります。</p>

<p><br />
たとえばある人は、某大学の学長にまでなった優秀な教授ですが、ストレスがかかると決まって「学生時代、期末テストの問題がさっぱりわからず、留年するのではと冷や汗をかいている夢」を見ます。<br />
またある会社員は、ストレスがかかると「間違って目的地とは違う電車に乗ってしまい、帰り方がわからず途方にくれている夢」を見ます。</p>

<p><br />
このような時に「ああ、自覚している以上に今自分は無理をしているんだな」と気づけると、意識してペースダウンしたり、仕事を周りと分担したり、週末にあえて予定を入れずゆっくり休む日を作る…といった生活の調整ができ、本格的に調子を崩すのを予防できるのです。</p>]]></description>
<link>http://www.yulisroom.jp/archives/2009/04/post_159.html</link>
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<category>心理・精神医学</category>
<pubDate>Thu, 16 Apr 2009 07:33:46 +0900</pubDate>
</item>


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