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ライフシンボルとは

2005年07月25日

ライフシンボルについては、以下のコーナーもどうぞ。
ライフシンボル展示館(今月のライフシンボル)
十牛図
Sabian Symbols
大アルカナ
その他のライフシンボル


絵画療法・ライフシンボル
 ライフシンボルとは、自分自身の本来の資質を目覚めさせるための、その人だけが持つ絵巻を示しています。もともとはエドガー・ケイシーが提唱した瞑想用のシンボルですが、東洋の曼荼羅なども、このライフシンボルに近い概念のものだと考えることができます。ケイシーは深い意識の中で、依頼者に対してのライフシンボルを指示し、それを画家が描くという手順を取ったようですが、しかし本来は、それを必要とする人自身が描くほうが理想的であり、描く行為の中で、その人自身に変容プロセスが進行してゆくことに大きな利点があります。
 自分自身でライフシンボルを作ることは、それ自身が魂の旅をしてゆくことをあらわしていますが、はじめのうちは、個人が持つストレスや意識のひずみという外壁に覆われた絵柄があらわれてくることになります。適切な分析法を使えば、どのようなストレスがあらわれているかを読み取ることができます。本人がそれをはっきりと自覚できるならば、この「ノイズ」成分は除去可能です。そして更に絵を描くことを何度か反復するうち、外壁を突き抜けて、内奥にある、その人の真の個性と言えるフォルムを浮き彫りにすることができるようになるので、ある程度時間をかけて製作するのが好ましいと言えるでしょう。
 21世紀版のライフシンボルは、いくつかのロジックが組み合わされて作られてゆきます。永遠の法則を示している禅の十牛図、あるいはそれと全く精密な照応関係を持つスーフィのエニアグラムのルールに則って、自己形成のプロセスの絵を描くことになります。(中略)
一言でいえばライフシンボルとは「その人個人の人生の羅針盤」です。
 そして、個人の目的と社会集団の目的は一見対立しているように見えても、個人の内面が安定し自己実現されれば、結果として集団にも寄与します。このようにして「個」と「全体」が同期し、共に前進してゆけるのです。
(松村潔氏HP「ライフシンボル」の項より)


私自身のライフシンボルとの出会いと、その後 : 美術教育 v.s. 絵画療法
 小学生まで絵を描くのは大好きで、将来は画家になりたいと夢想したこともありました。
 その頃は北米の田舎町に住んでいましたが(※)、そこは人種のるつぼと呼ばれるほど種々雑多な人たちが混じり合って暮らす場所であり、ともかく各人の個性を尊重しそれを伸ばそうというお国柄でしたから、結構その気になるのです。
 しかし帰国し中学、高校と進学するにつれ自分程度のものは大したことないと知り、またそれ以上に「教科書通りの手法で描き、先生に気に入られて良い成績を取るべし」という、日本の学校美術教育に嫌気がさし、次第に絵筆を握ることもなくなっていきました。
 そうした中、2002年盛夏のある日、約20年ぶりに皆で集まって絵を描く場に参加することになりました。
 そこは実に久しぶりに、「絵の上手下手は関係ない。それより自分の『思い』『感覚』をできるだけ自由に、制限をかけずに描くように」という方針だったのです。
 最初はそれまで身についてしまっていた習い性でおずおずとしか描けませんでしたが、他の参加者たちの自由闊達は絵を見たり、また自分でも何枚も描くうちに内面の何かが次第に変化し、長年の拘束感が解けていくのを感じました。
 そして1年後。「本来の自分に戻ってきたなあ」と感じました。
 自分の中に気持ちの良い「力」がみなぎってきているのが感じられたのです。
 そして2003年10月に、他のライフシンボル仲間と3人で、三軒茶屋のギャラリーで「ライフシールと十牛図」という展示会を開くほど、のめり込んでいました(当時はライフシールという名称でした)。


 現在は、日常的に絵を描くというほどではありません。理由は、「もうそれほど必要でなくなった」、つまり良い意味で少し距離をおけるくらいに、精神内界が整理され、落ち着いたからです。
 2002年後半から2004年前半の2年間で、描いた絵は50枚以上にはなるでしょう。それくらい描き続けると、自分の内面に深く入り込み、気づき、格闘し、癒し、浄化する・・・というダイナミックな変化を、いやでも経験します。
 そしてこのプロセスを通じて成長していくのを実感します。
 それに加えて私の場合、2004年後半からは本格的に瞑想を始めたので、「絵という媒介物」は必ずしも入れる必要がなくなった、ともいえます。


 もちろん現在でも時々思い立って、描画します。
 描く時には「作者モード」で、完成した絵を観る時には「分析者モード」で。
 そうすると「うすうす感じてはいたが、今自分はこういう状態か~」と改めて確認するというか、笑ってしまうくらい自分の現状がはっきりと表現されているのを知ります。
 それに時には、いろいろと気が散ってしまっていつもの方法で瞑想に上手く入れない時にも、一旦絵を描き始めると(普段とは違う刺激が脳にいくので)サッと瞑想様の意識状態に入れます。描画活動そのもが、一種の瞑想だともいえるのです。


 もちろん、ライフシンボルを現在でも淡々と描き、自己洞察を日々得ている人たちも何人もいます。
 この絵画療法を体験後、どのようにそれをその後に生かすかは、それぞれの人により独自のパターンがあることでしょう。
 ともかくこの絵画療法は非常に楽しく、自分を癒して成長させてくれる、大変強力で実践的なメソッドです。
 今後これを体験し、自分の素晴らしい資質やパワーに目覚める人たちが増えていくことを、願って止みません。
 (※)ちなみに子供時代のアメリカ生活についてはエッセイ「虫愛ずる・・・」および「ざらめ煎餅」にその一部を書いてあります。


他の絵画療法、箱庭療法、描画テスト等とどうちがう?
 通常の描画テストでは特定の物体を特定の順序で描くことを求められます。ライフシンボルは特定のテーマに沿って描くこともありますが、全くの自由課題で描くこともあります。また既存の絵、デザイン、記号等、あらゆるものを分析可能です。箱庭療法はミニチュアの砂箱を用いる方法ですが、これも従来の箱庭療法限定の分析法に拘らずに分析できます。
 このように「何を自由に描いても良い」「汎用性がある」のが最大の特長です。


子供にも使えるか?
 幼児、児童はまだ描画表現が未発達な段階であるため、通常の成人用の分析とはやや異なる手法を用います。出来上がった絵の分析のみならず、子供の場合には治療者が共に絵を描き、その行動を共にする中で、絵を介してコミュニケーションを持ち、子供の内面を理解します。子供の方も、描画の場を共有することにより治療者に自然に馴染んでいくことができます。



代表的な色の意味


暖色→進出色:接近してくる。興奮、情緒的入れ込みの状態。
寒色→遠ざかる。冷静。全体、全景が見える。


黄色
・方向性の定まっていない普遍的な広がり感、博愛、公平さ、包容力。非個人的。
(・愛情欲求)
・個人の、実感を伴った希望、可能性が大きく多様な方向へ広がっていく。
・喜びに満ちた感情
・甘えたい。親密さを求める心理状態
・満たされることへの期待感
・幼児期に留まりたい願望
・依存心、幸福感
・生への切望感
・光そのものを象徴し、同時に人生の光=希望や知恵を映し出す


赤色
・限定された場所での生命力、活力
・自分の欲求を満たす行動力
・足腰
・がむしゃらな生命力→幼児のオーラの色
・アクティブ、自己主張、情熱、エネルギー
・危機感、恐怖感


オレンジ色
・黄色と赤の中間の性質
・黄色よりも、より特定の対象に向ける愛情、愛着。
・構ってほしい、可愛がられたい。「もっと私のほうを見て!」
・愛情、潤い、依存、思いやり


ベージュ
・オレンジと黄色の中間(または、淡い茶)
・なじみ。人肌。


ピンク色
・ 赤に白が差し込む→限定された愛情の発散場所。 (例 愛玩動物)
・ 喜び、満足感、開放感、自己陶酔
・幸福な気分
・心身が安らいだ状態
・ストレスからの開放
・愛されている安心感


黄緑色 
・弱気、コンプレックス


緑色
・対立物を中和して新しいものを生み出す→死と再生、変容。
・新生、再生力→治療、ヒーラーの色。
・バランス感覚、安心感
・平和、平穏
・中庸、成長、癒し


青色
・個人のメリットから離れる→押しが弱い、服従、従順
・知性、論理思考、言語能力、分析力
・明るい青~水色:従順な知性
・紺色:専門的知識、集中力、精神性の高さ。濃い青色ほど押しが強くなってくる。
・(ごたごたした感情からの)開放感、一人立ち、自立心←明るい青
・知的、冷静/孤独感、メランコリー、内向的気分←はっきりした青、紺色


紫色
・病気とその治療
・一般からは理解困難な思考、知識。極端性。非日常。
・体調が良くない時に選ばれやすい
・沈滞した憂うつな気分
→これらを癒すために紫を選ぶ傾向。
(理由:赤と青を統合する色であるため、交感神経と副交感神経のバランスを取る機能があると考えられるから)


cf. タッチ
ザラザラタッチ→皮膚病
とげとげ→気管枝喘息


茶色
・ 安定化、鎮静化→不活発
・その結果としての単調さ、つまらない、飢餓感、欲求不満。
・大地の色→可能性を引き出せる場所、材料
・茶色=オレンジの明度を低くしたもの
・安らぎの場所
・成熟した落ち着き


白色
・全てをはじく→無化、純化
・潔癖性、外のものを受け付けない、拒絶感
・白=全ての色光を反射する
・感情を抑制あるいは放棄する状況
・感情や意識が漂白されたような、非日常的な状態。「頭の中が真っ白になる」
・放棄と新生。無から再生へ。(例:不況時には白い車が流行る)
・神聖と浄化
・雑念に乱されることのない、喜怒哀楽の感情を越えた心境


黒色
・全てを吸い込む→無化、純化
・意識を眠らせる
・感情を抑制あるいは放棄する状況
・コンプレックス、葛藤、反抗、感情を外に出したくない。
・自ら選んだときには、精神的な不安を発散するため。
孤独に耐え、そこから立ち上がろうとする力。(例:正装の黒)
・周囲の雑音に煩わされず、自分の意思を押し通したい。自分を確立しようとする凛とした強さ。(例:モノトーンファッションの流行)


灰色
・白と黒を中和しトーンをなくす(どっちつかずになる)→死滅していく
・繰り返しによる退屈
・沈滞性、無気力、衰弱した部分
・ポジティブな意味としては、あいまいな所からやがて何かが生まれてくる可能性も。


虹色
「万感の思い」
虹=天国への掛け橋、神との交信
・転換期特有の感情
・心理的な「雨上がり」


金色 
・特別視された黄、能動的


銀色 
・純化された反応、受容性


赤+緑 :肉体と霊体の結合→生み出す力。(児童画で)男女の結合
赤+黒 :情念による縛り。(幼児画で)母への求愛
黄色+黒 :(幼児画で)父への求愛


参考文献


松村潔 『心を探る色彩マップ――Color Life symbol――』(飯塚書店)


末永蒼生
『心を元気にする色彩セラピー』(PHP)
『答えは子供の絵の中に』(講談社)
『自分を活かす色、癒す色』(東洋経済新報社)

書いた人 浜野ゆり : 2005年07月25日 15:32