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ブックレビュー『精神科医はなぜ心を病むのか』

2008年06月09日

先日、『精神科医はなぜ心を病むのか』という本を読みました。
相棒が「こんな本があった」と知らせてくれて、興味を持ったので立ち読みしてみたら結構面白そうだったので。
読んでみると、予想以上に興味深く、また勉強になる点もあって、ためになりました。


この本では


①国内の精神科医は驚くほど知識も技能も低い者が少なくない(診断、薬物療法、心理療法、生活指導など)
②メンタル面のニーズはますます増えているにも関わらず、診療報酬が低いので総合病院でのベッド数が減らされ、慢性的精神科医不足が続いている
③後進への研修システムがお粗末なことも、①への追い討ちをかけている
④精神科治療の世界的トレンド。保険制度に頼れない諸外国(ヨーロッパ)などで、どのような自助療法が一般的に行なわれているか


といった項目を網羅していて、「うん、そうだよね」「ほほう、なるほど一理ある!」と、結構一気に読みました。


一番勉強になったのが「最近若者に増えている新型うつ病」という項目です。
もう10年以上前から、若い世代中心に従来のうつ病とは異なる「わがまま」なうつ状態の患者が増えてきたというのは、臨床家の間でよくいわれてきたことでした。


この「ニュータイプうつ」の人は、学校や会社には行けなかったり、行っても意欲なくぼんやりしたりうたた寝したりして全くやる気がないのですが、本業以外の趣味や遊びには積極的に出かけていったり、休日はいきいきとして一日中外出していたりします。
また「自分がこんなに具合が悪くなったのは○○課長のせいだ」等と人に責任転嫁し、自分は被害者・犠牲者として家族や医療関係者に訴えるのが特徴です。


これは「悪いのは私なんです。自分の努力が足りないからちゃんと成果を出せないし、やる気が出ないなんて、怠け心に負けてしまう自分が嫌、皆に迷惑をかけてしまって申し訳ない」
という、古典的なうつ病患者と対照的です。
こうしたニュータイプのうつは「そりゃあ病気ではなくて性格だろう。克己心がなく、自己中心的であり、治療ではなく社会復帰を訓練すべき状態である」と、考えられてきました。


一般的に「うつ病」と「性格的なうつ」の違いを見極める必要がある理由は、その治療法が違うからです。
古典的なうつ病は抗うつ薬への反応が良い場合が多く、早ければ1-3ヶ月で軽快し、「症状」と「本来の状態」が比較的はっきりと線引きできます。

しかし「ニュータイプうつ」ではそもそも社会適応が悪かったり、漠然と「世の中、つまらない」といった消極的でなげやりな気持ちでいたことが多く、その治療は医学的というよりも心理療法や社会復帰訓練が中心とされています。


しかし今回の本を読んでみると、ニュータイプうつの中でも一部は(みかけの症状や性格にも関わらず)抗うつ薬が確かに効く症例があるらしいことがわかりました。
そうなると通常の外来での対応も、薬物療法という手段も加えられるので、より治療の可能性が広がるということになります。


この本の著者はかなり勉強熱心でよく患者を診ているドクターだと思います。
ただ、やはり薬物療法主体の西洋医学的治療者という立場上、どうしても「未知なる新薬」への期待が大きい様子。
現在欧米で主流の新しい抗精神病薬クロザピンが国内では使えないから、日本の治療は余計な負荷を患者と医師にかけていて、世界の潮流に遅れている、と主張していますが、このくだりを読んだ時には、10年あまり前に最初にアメリカでプロザックが大流行した時の狂騒を非常に彷彿させました。


あの当時も、プロザックをはじめとするSSRIという新型の抗うつ薬は「夢の抗うつ薬」ともてはやされました。
それは従来の抗うつ薬に必発の「眠気、だるさ、口渇、便秘」といった症状がほとんど出ず、効果発現も早い、このため外来で使いやすいといわれていました。
何年か遅れてSSRI(プロザックはいまだに国内未発売ですが)が日本でも製造・販売されるようになった当初は「近いうちに古典的抗うつ薬は製造中止になるのでは」という噂さえ聞かれました。


しかし実際には、新薬がどんどん使われだしてから


・それほど劇的に効くわけではないことも多い
・古典的薬に比べて抗うつ作用がマイルドな分、重症例には効果が乏しい
・従来型の副作用は少ないが、吐き気やイライラ増強など別の副作用が目立つ
・特に10-20代の若者層に使うと衝動性が高まり、自殺を実行しやすくなる


といったことがわかってきて、最近では若者層への投与は禁止ないしは慎重投与するようにとの厚生労働省からの告知が出たほど。
なので、今回のクロザピンでも、特定の薬だけで統合失調症が治療できるというのは、無理があるのではと思います。


さてこの本では巻末に「ダメな精神科医の見極め方」6項目もあって、これもなかなか興味深かったです。
序章で、「医師自らが薬漬け」「患者に愚痴る」「患者に暴力をふるう」といった、とんでもない医者が多く挙がっていて驚いたのですが、巻末リストでも「抗うつ薬のやめ時を患者に任せる」「何種類もの薬をいきなり出す」といった点が列挙されていました。

今後もこの著者が出す本には、期待したいと思います。



書いた人 浜野ゆり : 2008年06月09日 13:15