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裏表

2005年07月03日

 世間の「常識」では、人は嬉しい時に気分がハイになり、嫌なことがあったり悲しい目に遭うと落ち込む。だが精神科で遭遇する症例を診ていて実感するのは、「躁」と「うつ」は同じコインの裏表であり、従って互いに連続し、時には一見「入れ替わる」。
 例えば親が亡くなり、そのお葬式をする。子としては、これ以上ないほどの悲しみであるのが一般的であろう。そうした時に、通夜や葬式の前後から一睡もせず、浮き足立ってはしゃぎ出し、あれこれしゃべり散らし、そこここを徘徊して、家族に連れられ精神科を受診し、入院となる人がいる。決して、生前から親を憎んでいたわけではない。それどころか、人一倍親に可愛がられ、親を愛していた人だったりするのである。
 躁状態は精神分析的には「躁的防衛」といわれ、あまりにもショックなこと、苦しいことがわが身に降りかかってきた時、その事実を真っ向から受け止めることが辛すぎるので、無意識裏に否認し、逆に「ハイな気分、万能で何でもできる自分」を作り出すことによってストレス源を忘れようとする、心の働きなのである。
 この「躁的防衛」は、進行癌などの患者でも時に見られ、病気を否認して、発病前と全く同じ生活ペースを保とうとしたり、癌を認めた人でも「闘病記」を精力的に書いたり、家族や友人との時間や趣味の行事への参加を過剰なほどにこなそうとする。
 あるいは阪神・淡路大震災の時の支援者は、しばしば自身が被災者でもあったが、不眠不休で活動した。被災者の悲惨な状況を目の当たりにしたうちの何人かが、そのショッキングな記憶から自己を守るために、あるいは自身の今後の生活不安を忘れるために、ますます使命感に燃え、自分が消耗して倒れるまで活動した――これも躁的防衛である。
 逆に、念願のマイホームを建てる、栄転または昇進する。こういった、ふつうは「おめでたい」状況で、本人が急速にうつ病を発症することがある。
 基本的に、うつ病になりやすい人の性格は「真面目、努力家、道徳的、責任感が強く、完璧主義」である。これは社会的には是認・奨励される性格特性だが、こういったタイプの人はしばしば「頑固、融通が利かない、遊び心がない」ということにもなる。つまりは同じような生活が平坦にずっと続くのが、本人にとって安心なのであり、生活環境や社会的立場ががらりと変わるのは、明らかにストレスであり不安の源となってしまうのである。
 躁状態もうつ状態も、本人が脅かされる心理的状況に対して、無意識が何とか適応しようとし、しかし上手くいかなかったものである。結果的には破綻したけれども、「本人なりに必死だったんだなあ」とわかるので、こうした患者たちを診ていると、人の心の「けなげさ」にしばしば心を打たれる。

書いた人 浜野ゆり : 2005年07月03日 10:11

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