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自立への渇望

2008年04月08日

従来の、薬物による統合失調症の治療では、妄想や幻覚などの症状は抑え込むことはできても、発病前の患者さんの状態に戻るということは、非常に少ないです。
それどころか、症状を抑える薬の副作用として常に眠い、だるい、集中できない、ボーっとして意欲が出ない、といった状態になりがちで、本人はもちろん、見守る家族にとっても辛いものがあります。
「息子(娘)は、もともとのあの子ではなくなってしまった」と嘆かれるのをよく耳にします。


これに対して分子整合医学による栄養療法では、それまで幻覚・妄想という異常な体験や薬による過鎮静で疲弊していた脳の活動が復活し、患者さん本来の特性が表現されるようになります。
これはとても喜ばしいことですが、この特長故に、従来の統合失調症治療では考慮する必要のなかった、別の課題が出てきます。
それは、以下のようなことです。


統合失調症は多くの場合、10代から20代の若者に発症することの多い疾患です。
この時期は人生において


・親から心理的に独立を開始し、家族以外の他者との関係作りに取り組む
・進路や仕事をはじめとした「自分は何者なのか、どんな人生を送りたいのか」といった大きなテーマに直面する


といった、誰にとってもかなり心理的負担の大きい時代です。
この時期に発病すると、一般に統合失調症の経過は長いので、年単位に渡ってこうした「独立&社会化」の課題を保留してしまうことになり、その結果として未達成のまま年齢を重ね、一般社会から「このくらいの年齢の人なら、こうした経験を積んでおり、したがってこういうことがわかるはず、できるはずだ」ということが取得できないままになります。


それは例えば


・会社など集団生活での自分の役割を認識し、それに応じた言動をする
・自分の得意不得意を知り、他人と協力して事に当たる
・常識的な、決まった型を守ることができる(挨拶や報告・連絡・相談など)
・物事の優先順位やペース配分、気分転換するといったことを含めた自分のストレス管理


といったものですが、こうしたことは10代から何年もかけて習得していくことなので、病気の症状がなくなってきたからといってすぐに身に付くものではありません。
そこで根気強く、遅れてしまった分を取り返していく必要があるのですが、一般に社会に出た経験が少ない人ほど、このハードルが高く感じられます。
そして「これまでできなかった分、一気に取り返そう!」とばかり頑張りすぎて、またダウンしてしまうことが非常にしばしば見られるパターンなのです。


私の外来の統合失調症の患者さんでも、症状が落ち着いてきてそろそろ社会参加を…という際に、いきなり正社員を目指したり、専門職用のハードスケジュールの学校を受けて、続けられなくなった人が何人もいます。


筋肉と同じで、神経も使わないでいるとなまります。すなわち、ぱっぱと記憶し、判断し、行動したり、複数のことを同時進行するには、それなりの経験の積み重ねと練習が必要です。
また統合失調症の人は基本的に正直で人の思惑をとても気にかけるので、学校や会社の同僚などでずけずけ発言してくる人がいると適当にかわしたり話題を変えたりといったとっさの対応もままならず、「心に土足で踏み込まれた」といういやーな感じを受けやすいもの。
例えそこまでいかないとしても、集団の中に入っていくのは、自覚している以上に神経を疲労させるものです。


こうした理由から、社会復帰を目指す患者さんには「まずお金を稼ぐ必要のない所から。最初はデイケアや作業所、それからカルチャースクールの単発コースを。次に3ヶ月くらいの連続のカルチャースクール、その後にようやくアルバイトです。アルバイトも最初は単発か、週3日以下で1日3時間以下のものを」といつも助言するのですが、
「早くもっとちゃんとした勤務をしたい。それにそんな条件では自分のやりたい職種がない」と、ずっとハードな職場に応募し、数日以内に退職してしまい、なおさら自信を失ってしまう…ということが、実に多いのです。
これは非常に残念なことです。


うつ病の患者さんにもよくいうのですが「休むのも能力のうち」、「段階を踏んで地道に進む忍耐強さが肝腎」なのです。
急がば回れで、長い目で見れば、焦らず(焦ってしまう気持ちはわかりますが…)目の前の一歩を確実に踏んで進んでいくのが、何よりも大切なのです。

書いた人 浜野ゆり : 2008年04月08日 07:59

この記事へのコメント

おお母さん

統合失調症に伴なう記憶力の低下がなぜ息子さんの場合は長期に続いているのか、まだ判然としません。
通常は思考障害が軽減し、緊張がやわらぐと記憶力も回復することが多いと思うのですが。

書いた人 浜野ゆり : 2008年04月11日 13:07

入江さん

コメントを真にありがとうございます。
そうですか、障害者雇用制度を活用しておられるのですね。
とても大きな達成だと思います。
長い目で社会復帰を安定させていってくださいね。
今後とも記事がお役に立てたら幸いです。

書いた人 浜野ゆり : 2008年04月11日 12:59

先日は外来で初めてお会いすることができてかなり息子は緊張していた様子でした。
自分の現状も良く話せず心残りだったようです。

本日このブログを見てまさにこの症状が僕だよ。と言っていました。本当にまさにこのとおりです。
ただひとつ違うことは自営であるため仕事のコントロールが親ができるということです。
 
今の悩みは昔の記憶力は良かったのに今は、今の瞬間の記憶力が希薄ということです。この状態はかなり昔から続いています。
治すことは不可能なのでしょうか?

書いた人 おお母 : 2008年04月10日 21:02

統合失調症当事者38歳男性です。
社会復帰の難しさを痛感しています。やはり、段階的に体ならしていく課程を実行するのは難しく、失敗を繰り返しもしました。
今は、社会資源(福祉)を利用して障害者雇用で一般企業に勤めてています。今回の記事、
参考になるエッセンス、印象深く読ませてもらいました。ありがとうございます。


書いた人 入江 : 2008年04月10日 07:07

三寒四温さん
コメント真にありがとうございます。
ご参考にしていただけたことを大変嬉しく思います。
今後も読者の皆様のお役に立てる記事を発信していきたいと、改めて感じました。

書いた人 浜野ゆり : 2008年04月09日 15:54

初めて書き込みします。
児童期に性的虐待を受け、現在C-PTSDの治療中です。
FAPと薬を使っています。今度、脳画像を撮るつもりです。

今回の記事は、読んでいて、とてもありがたかったです。
感謝します。

書いた人 三寒四温 : 2008年04月09日 07:12