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比較の問題

2009年01月30日

あれは医学生の頃、確か6年生の病院実習にて初めて精神科外来で研修していたときのことです。
当時助教授だったI先生の外来で、診察に同席させてもらいながら、実際に来院される患者さんの症状や医師との対話、処方内容などを見聞していました。


ある日、35歳くらいの男性が初診してこられました。
主訴は「最近物忘れが激しくて、心配だ。以前は聞いたことを全て覚えていたのに、この頃はちょくちょく忘れてしまい、メモを取らないと思い出せない」
とのことでした。
そこで先生がご本人の生活ぶりや仕事の様子を聴取すると共に、受け答えの様子を診ていました。
もちろん、初診なので過去の病歴や家族歴、本人の生育歴・学歴なども予め別の医師が聞き取ったものが用意されていたのでその情報も確認。
結論は「年齢相応の物忘れで、病的なものではない」というものでした。


この患者さんはとても頭が良い人らしく、30代初め頃まで、勉強でも仕事でも、あるいは人の話でも聞いたことを皆覚えていられたそうなのです。
I先生は「僕なんて、若い頃からメモを取らないと覚えられなかったよ。○○さんはこれまでそれがなかったから記憶力が落ちてきたと不安になったのでしょうが、これで普通の人並みになったんですよ」と慰めていましたが、患者さん本人は「そうですか~?」と今ひとつ不満そうでした。


もちろんこの方も、メモを取るのが大多数の人の普通の姿だということは頭ではわかっていたのでしょうが、自分の頭脳の衰えに驚き「もしかしてこのまま進行し、認知症になってしまうのでは?!」と不安になり、思い切って精神科に受診してみたのかもしれません。
病気――それも致命的な病気ではないことを知ることができたのはもちろん朗報のはずなのですが、その分「自分もまた、人並みに頭脳が衰えていくのだ」という事実に直面することになり、それをいかに受け入れていくかが今後の課題であり、しばらく葛藤が続くことでしょう。


その後私も医師になり、仕事上で先輩医師たちとの付き合いが続いていきましたが、ある時期、よく一緒に過ごす人の一人が40歳になった途端、同じ話を2-3度繰り返したり、こちらが話しておいたことをコロッと忘れていることが何回か重なりました。
「もしや認知症?」と一時心配になったのですが、その後他の先輩たちも40前後で次々と同じ現象を起こすようになり「ああ、これは正常範囲の加齢現象だったかー」とホッとするやら、ちょっとがっかりするやら。
あんなに切れ者だった某先輩でさえ、そうなるんだなあ、と実感したのでした。


物忘れといえば、私の場合、子供時代が最も忘れ物が激しかったですね。
まあ小学校時代などは、誰でもよく忘れ物をするのでしょうが、私は高校になっても結構忘れていました。
中学の時に一度、体育のためのブルマーを入れたはずなのに学校で取り出してみたらスクール水着だったと気づいた時には(同じ紺色無地なので間違えてつかんできたらしい)、ほとほと自分にあきれてしまったものです。


私がしょっちゅう忘れ物をしたり、物を失くしたり壊したりするので、母もその頃はかなり気をもんでいたようです。
「この子、普通の学校で大丈夫かしらと、心配していたのよ」と私が社会人になって数年経ったある日、ポロッと話してくれました。
ちゃんと社会生活を送れることを確認するまでは胸にしまっておくことにしていたようですね…ありがたい心配りです(笑)。


40歳少し前から私もまた、「とっさに名詞が出てこない」が始まり、最近は「頭で考えたのとは違う単語が口から出てしまう」こともあり、最初は驚きました。
忘れ物や勘違いも時々しますが、まあ昔がこんな状態だったので「子供時代に比べれば、ずっとマシだよね~」と思うので、あまり苦になりません。


もちろんこの後も年齢が進むにつれ、更に記憶力は低下するでしょう。
でもそのように変化していく部分も含めての自分を認められるようになると、いわゆる老化のストレスを感じずに済みます。


現状は一つでも、それを「以前はもっと良かったのに」と思うと不満に感じてしまいますが、「でもまだこれだけのものがある」「以前より経験が増えたおかげでこういうことができるようになった」等と、現状のプラス面に注目することで「今の自分もまんざらじゃない」とハッピーに感じることができます。


そしてそのように日々の小さなことにでもしょっちゅう幸福感を感じられることが多いほど、幸せになれるのです。
なぜなら幸せとは、外的な要因(お金、地位、その他物質的・社会的に何を所有しているかといったこと)ではなく、本人の内面から作られるもの、すなわち主観なのですから。

書いた人 浜野ゆり : 2009年01月30日 07:53